研究エビデンス

歩行は、足だけの情報ではない

歩行は、足だけで行う単純な動作ではありません。

足や関節を動かし、姿勢とバランスを保ち、視覚や足元からの感覚を受け取りながら、周囲の状況に合わせて進む方向や速度を調整しています。そこには、筋力、全身の協調、感覚、注意など、複数の働きが関わります。

そのため、歩き方に表れる変化は、本人が自覚している足の状態だけでは説明できない場合があります。

パフォーマンス資本研究所では、歩行を見れば身体や脳のすべてが分かるとは考えません。多くの要素が関わる動作だからこそ、本人の中で起きている変化を継続的に確認するための、一つの入口として歩行を用います。

具体的な研究から分かっていること

ここでは、歩行と身体・思考との関係を検討した具体的な研究を紹介します。

研究結果は、その研究で用いられた対象者、条件、測定方法の範囲で解釈する必要があります。PCLのサービスによって同じ結果が得られることや、一人の会員にそのまま当てはまることを示すものではありません。

歩行と創造的思考|スタンフォード大学

2014年、スタンフォード大学のMarily Oppezzo氏とDaniel L. Schwartz氏は、座っている場合と歩いている場合の創造的思考を比較した4つの実験を報告しました。

第1実験では、48人の成人が、座っているときとトレッドミルを歩いているときに、物の新しい使い方を考える「発散的思考」と、一つの正解を導く「収束的思考」の課題を行いました。

その結果、参加者の81%で、歩行中に発散的思考による創造的な回答が増え、創造的な回答数は平均で約60%増加しました。適切さや重複の有無を問わないアイデアの総数も、座位時より約50%多くなりました。

一方、一つの正解を導く収束的思考の課題では成績が向上せず、歩行中の正答数は座位時よりわずかに低下しました。

この研究から言えること

歩くという身体活動は、少なくともアイデアを広げる特定の思考過程と無関係ではなく、一時的な影響を与える可能性があります。

この研究だけでは言えないこと

  • 歩き方を調整すれば、創造性が高まること
  • 歩行の数値から、その人の創造力や思考力が分かること
  • 歩くことで、経営判断や仕事上の成果が向上すること
  • PCLのサービスによって、同じ結果が得られること

出典:Oppezzo, M., & Schwartz, D. L.(2014)“Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking.” Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 40(4), 1142–1152.

45歳の歩行速度と身体・脳の状態|Dunedin研究

2019年、ニュージーランドのDunedin研究に参加する904人を対象に、45歳時点の歩行速度と、身体機能、生物学的な加齢に関する指標、脳構造、認知機能などとの関係が報告されました。

参加者は、普段どおりに歩く「通常歩行」、別の課題を行いながら歩く「二重課題歩行」、できるだけ速く歩く「最大速度歩行」の3つの条件で測定されました。

その結果、歩行速度が遅い人ほど、握力、バランス、視覚と動作の協調、椅子からの立ち上がりなどの身体機能が低い傾向にありました。

また、複数の臓器系から算出した加齢の進行、第三者が評価した顔の年齢、脳の容積や大脳皮質の厚さなどの指標とも関連が確認されました。認知機能についても、45歳時点の成績や、幼少期から成人期までの変化との関連が報告されています。

この研究から言えること

  • 歩行速度を上げれば、身体や脳の加齢を遅らせられること
  • 歩き方を調整すれば、脳構造や認知機能が変化すること
  • 歩行速度だけで、その人の健康状態や加齢の程度を判定できること
  • ニュージーランドの研究結果が、日本人の一人ひとりにそのまま当てはまること
  • PCLのサービスによって、研究と同じ結果が得られること

PCLでは、この研究を「速く歩くほど良い」という根拠には用いません。歩行に表れる変化が、足だけでは説明できない可能性を示す研究の一つとして扱います。

出典:Rasmussen, L. J. H., et al.(2019)“Association of Neurocognitive and Physical Function With Gait Speed in Midlife.” JAMA Network Open, 2(10), e1913123.

中年期の歩行と注意・情報処理速度|屋外歩行研究

45歳から64歳までの健康な成人50人を対象に、注意・情報処理速度と、日常に近い環境での歩行との関係を調べた横断研究が報告されています。対象者の平均年齢は約54歳でした。

参加者は都市部の屋外で、普段どおりに歩く場合と、スマートフォンで文字を入力しながら歩く場合の2つの条件で、それぞれ2分間歩行しました。

研究では、歩行速度、歩幅の時間的なばらつき、歩行周期の類似性などを測定しました。あわせて、選択反応時間を用いて注意・情報処理速度を測定し、本人が感じている移動能力も質問票で確認しました。

スマートフォンで文字を入力しながら歩いた場合には、通常歩行と比べて歩行速度が低下し、歩行のばらつきが増加しました。

また、注意・情報処理速度が遅い人ほど、文字入力を伴う歩行で左右方向の歩行周期の類似性が低く、本人が感じる移動能力も低いという関連が確認されました。

一方、注意・情報処理速度と、通常の歩行速度や多くの歩行指標との間には、明確な関連は確認されませんでした。

この研究から言えること

中年期の健康な成人でも、スマートフォン操作のように注意を必要とする状況では歩行が変化し、注意・情報処理速度と一部の歩行指標との間に関連が表れる可能性があります。

この研究だけでは言えないこと

  • 歩行データだけから、注意力や情報処理能力を判定できること
  • 歩き方を調整すれば、注意力や情報処理速度が向上すること
  • 歩行の変化から、脳機能や心理状態を特定できること
  • スマートフォンを使用しながら歩いた結果を、通常の日常歩行へそのまま当てはめられること
  • 50人の研究結果が、すべての中年成人や一人の会員に当てはまること
  • PCLのサービスによって、研究と同じ結果が得られること

PCLでは、この研究を、歩行から注意力や仕事上の能力を判定する根拠には用いません。

同じ人でも、周囲の環境や同時に行う作業によって歩き方が変わり得ること、また歩行には身体の動き以外の要素も関係する可能性があることを示す研究の一つとして扱います。

出典:Turkel, U., Hayek, R., Nudelman, Y., et al.(2026)“The Association Between Mobility and a Cognitive Measure of Attention and Processing Speed in Middle-Aged Adults: A Cross-Sectional Study.” Scientific Reports, 16, 2355.

3つの研究を、PCLはどう受け止めるか

ここまで紹介した3つの研究は、対象者、研究方法、測定条件、調べている内容がそれぞれ異なります。

そのため、3つの結果をまとめて「歩けば思考力が高まる」「歩行を見れば身体や脳の状態が分かる」と結論づけることはできません。

一方で、これらの研究からは、歩行が足だけで完結する単純な動作ではなく、身体機能、周囲への注意、同時に行う課題、特定の思考過程などと関係し得ることが示されています。

歩行は、本人のすべてが分かる指標ではない。
しかし、本人の中で起きている変化を捉える入口にはなり得る。

これが、PCLが研究を受け止める基本的な立場です。

一つの研究結果や一度の歩行データだけで、会員の健康状態、脳機能、心理状態、仕事上の能力を決めつけることはありません。

歩行に表れた変化を、足と靴の状態、身体の使い方、本人の実感、日常で実践した内容、仕事や生活の状況と照らし合わせながら、継続して確認します。

だから、一度の数値だけでは判断しない

歩行データは、その人だけでなく、計測したときの条件によっても変化します。

たとえば、歩く速度、履いている靴、路面、計測距離、疲労や睡眠の状態、荷物の有無、周囲の環境、同時に行っている作業などが、歩き方に影響する可能性があります。

また、普段どおりに歩く場合、できるだけ速く歩く場合、別の課題を行いながら歩く場合では、同じ人でも異なる結果が表れることがあります。

一度の計測値は、その時点で確認された一つの情報であり、その人の固定的な特徴や能力を示すものではありません。

そのためPCLでは、数値が高いか低いかだけで、歩き方の良し悪しを決めません。

計測した条件、過去の本人のデータ、その間に行った調整や実践、本人の実感、仕事や生活の状況をあわせて確認します。

一度の結果から原因を決めつけるのではなく、異なる時期の計測を重ね、同じ傾向が繰り返し表れるのか、何を行った後に変化したのかを継続して見ていきます。

他人ではなく、過去の本人と比較する

歩行には、年齢、身長、体格、足の状態、履いている靴、生活環境などによる個人差があります。

一般的な基準値や同年代のデータは、現在地を考えるための参考情報になります。しかし、平均値との差だけで、本人にとって良い状態か悪い状態かを決めることはできません。

PCLでは、一般的な情報も参考にしながら、現在の本人を過去の本人と比較します。

  • 前回の計測から何が変わったのか
  • 計測した条件に違いがなかったか
  • その間に、どのような調整や実践を行ったのか
  • 本人の実感はどのように変化したのか
  • 同じ傾向が複数回の計測で表れているか
  • 続けやすかった方法と、見直した方法は何か

こうした情報を継続して確認することで、一度の数値や一般的な平均だけでは見えにくい、本人固有の変化を捉えていきます。

計測 → 確認 → 調整 → 日常での実践 → 再計測 → 内容の更新

この研究サイクルを繰り返しながら、「何を行ったときに、本人の動きや実感がどのように変わったのか」を積み重ねます。

PCLが重視するのは、誰かの正解へ近づけることではなく、本人の変化に合わせて、自分に合う方法を更新していくことです。

研究情報を、3つの区分に分けて扱う

研究や情報は、すべてが同じ確かさを持っているわけではありません。

一つの研究で関連が示された段階の情報と、複数の研究で比較的一貫して支持されている情報を、同じ強さで扱うことはできません。

また、PCLが長年の観察から得た考察も、科学的に確立した事実とは区別する必要があります。

そのためPCLでは、研究エビデンスや会員専用の「PCL研究本棚」で扱う情報を、次の3つに分けて示します。

研究によって比較的広く支持されていること

複数の研究やこれまでに蓄積された知見によって、一定の範囲で比較的一貫して支持されている内容です。

ただし、研究対象者や条件の違いがあるため、すべての人に同じように当てはまるとは限りません。

関連や可能性が示されていること

特定の研究で関連や可能性が報告されているものの、対象者、条件、研究方法によって結果が異なる内容です。

相関関係が確認されていても、原因と結果の関係まで明らかになっているとは限りません。

PCLの観察・考察・研究仮説

25年間にわたる足と靴の観察や、一人ひとりとの継続的な確認から得たPCL独自の視点です。

これらは、会員本人の変化を考えるための材料として活用しますが、一般的に確立された科学的事実や、誰にでも当てはまる結論としては扱いません。

根拠の強さと情報の性質を区別することで、都合のよい研究結果だけを取り上げたり、PCLの考察を科学的事実のように見せたりしないことを、研究情報の基本方針としています。

PCLで確認すること・判断しないこと

PCLで確認すること

  • 歩行や身体の動きに表れた、会員本人の変化
  • 足、靴、身体の使い方と歩行との関係
  • 日常で実践した内容
  • 実践前後の計測情報と本人の実感
  • 仕事や生活の状況と、確認された変化との関係
  • 過去の本人との継続的な比較
  • 同じ傾向が複数回の計測で表れているか

PCLでは判断しないこと

  • 病気や異常の診断
  • 健康状態の医学的な評価
  • 脳機能や心理状態の判定
  • 仕事上の能力や将来の成果
  • 歩行データだけを根拠とした原因の特定
  • 医学的な改善、若返り、疾病予防の保証
  • 研究結果が一人の会員にも同じように当てはまるという判断

PCLは、歩行データだけで会員の状態を決める場所ではありません。

計測情報を、本人の実感、足と靴の状態、身体の使い方、日常で実践した内容、仕事や生活の状況と照らし合わせながら、本人の中で確認された変化を継続的に研究します。

参考文献と更新方針

  • Oppezzo, M., & Schwartz, D. L.(2014)“Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking.”
  • Rasmussen, L. J. H., et al.(2019)“Association of Neurocognitive and Physical Function With Gait Speed in Midlife.”
  • Turkel, U., Hayek, R., Nudelman, Y., et al.(2026)“The Association Between Mobility and a Cognitive Measure of Attention and Processing Speed in Middle-Aged Adults: A Cross-Sectional Study.”

研究結果は、対象者、測定条件、研究方法によって解釈できる範囲が異なります。新しい研究によって知見や評価が変化した場合は、掲載内容を見直します。

PCL独自の観察・考察・研究仮説は、研究論文によって確立された知見とは区別して表示します。

最終更新日:2026年8月2日